「或る不発弾」
最後に、陽の光を見たのはもう何十年前の話になるのだろう。
真っ逆様に落ちていきながら、最期に一目だけでもと思って見上げた空。雲を突き抜けたところから見える空は、果てしなく広く、少しだけ薄いけど蒼かった。
入道雲は笑いかけることもなく、ただ怒ったような素振りを見せてじっと自分たちの落ち行く様を見つめていた。
恐ろしいほどの速さに、ぐんぐんと加速していく。どのくらいのスピードなのか、見当もつかない。
先に落ちていく仲間達を見届けたとき、次の瞬間には自分もああいう風に木っ端微塵に砕け散ってしまうのだと覚悟を決めた。
だけど、運命は悪戯に歯車を狂わせた。
喧噪の渦巻く工場の中、皆と同じようにして作られ、皆と同じ運命を背負っているはずだった。
狭く、暗く、息苦しい火薬庫の中で、ただこの瞬間だけをじっと待ち続けていた。
巨大な飛行機に積まれた後にひたすら飛び続け、やっと到着した東の果ての国。
次の一瞬のためだけに、今までの時間は存在していたはずなのに。
体は、地面に突き刺さったまま、どうにもならなかった。
耳に聞き慣れぬ声が届いた。何なのだろうか、ひどく喧しい。立て続けに起こる爆音の中で、それはやけにはっきりと聞こえていた。
薄れていた意識が徐々に明敏化していく。自分の体が半分以上地面にのめり込んでいることは、もう知っていた。
その中で安堵の息を付きながら、熱を帯びている大地に抱かれていた。
誰一人として傷付けずに済むことに、安堵していた。
その夜は雨が降り、黒光りのする体を静かに濡らした。
既に眠りについていた不発弾は、自分自身の重みで、ぬかるんだ地中深くに姿を消した。
意識が、ゆっくりと、ゆっくりと覚めていく。
何日、……いや、何年経っているのか、見当もつかなかった。
ただ、目の前には、根の先端があった。
記憶に残っている地表の光景からは、想像もできない。
上はどうなっているのか、思いを巡らせるが、どうにもならないこともとうに知っていた。
体を包んでいる土は、湿っていて、ひんやりとしている。
もう一度目を閉じた。
この根が体に絡み付いたとき、何もかもを忘れてゆっくりと眠れるのかも知れない。
淡い期待をぼんやりと抱きながら、眠りについた。
次に目覚めたとき、そこには根はなかった。
伐り取られてしまったのか、どうかは知らない。
だが、それからは頭上を騒音が行き交うようになった。
平穏は破られ、上の賑々しさを噛みしめることが常となった。
それでも、この地に人の生活があることは幸せだった。
一つ気になることは、あの時聞いた喧しい声だった。
声は、雨の時期の終わった頃から聞こえ始め、夜に地面の冷える頃になると止まった。
もう喧しいとは思っていなかったが、不思議な声だった。
力強いのに、空虚な響きがする。自分たちの生き様と、重ね合わさるような気がしていた。
入道雲のことを思い出していた。
あの雲は、自分たちの引き起こす惨状を知っていたのだろう。
多くの笑みを奪い、喜びを奪い、未来を奪っていく。
そして何も残さない。
自分の身であっても、狂ってるとしか思えない運命を呪いたい気分になった。
多分雲は、怒りながら、抗えない哀しみを憐れんでいたのだ。
そして、祈っていたのだ。一刻も早く、悲しみの連鎖が断ち切られることを。
ほんの僅かだが、光が射し込んでくる。
この光をこそ護りたかったのだ。
人を殺すために生まれたくはなかった。何かを奪うためではなく、何かを作り出すために存在したかった。
声にして答えてくれる者はいない。だが、欠片として同じ地中に埋まっているに違いない仲間達の声を聞いた気がしていた。
そして、陽光が突如として一気に降り注いできたとき、眩しさに思わず顔をしかめた。
「おーい、何かあるぞ」
工事夫らしい男の間延びした声が聞こえる。この世界が自分のような存在を最早必要としていないのだと悟り、無性に嬉しくなった。
「不発弾だ、不発弾」
呑気な声は、抜けるような青空に朗々と響いていた。
あの日聞いた喧しい声は、何一つ変わらずに空気中を包み込んでいた。
周りにロープが張り巡らされ、野次馬も散っていく。
軍服を着た男が数人、厳重な装備を携えて近付いてきた。
知っていたものは、何もない。時は、自分のことを忘れて置き去りにしてしまっていたらしい。
そんな中で漫然と、少し濁ってしまったらしい空を見上げていた。
──それでも、空は良い。
くすりと、最期に、入道雲が自分と一緒に笑ってくれたように思えた。
戻る