「遅刻する夢を見たよ」
狐は、興味深そうに首を傾げた。
「遅刻、ですか。あなたの世界は時に縛られているのでしたね」
「ここは違うのかい?」
「この世界でも、時は何らかの形で干渉します。
しかし、それはあなたの世界のように煩わしいものではない」
「羨ましいね」
金色の毛が、さわ、と風に靡いた。
「羨ましいですか。私は、目に見える限りを持つあなたの世界こそ羨ましい。
……あなたは、この世でもっとも恐ろしいものを何だと考えますか?」
「死ぬことかな。ゴキブリに顔を這い回られるのも嫌だけど」
「それは、何時かはある無くなることでしょう。
最も恐ろしいのは、突然失うこと、そして自覚ある緩やかな喪失だと私は考えます」
「分かりづらいね、分からなくは無いけれど」
「一番楽なのは自覚しないことです。
愚かだと言われようと、現実として確実に救われる手段ですから」
樹上から地面に飛び降りると、狐は下から僕を見上げた。
そのまま、それ以上は何も言わずに走り去っていった。