「私には過去がありました」
表情は仮面に邪魔されて窺えなかった。
「誰にでもあるような過去です。もう、思い出せられない程の昔ですが」
カウンターに頬杖を付き、僕は呼び鈴を弾いた。
「それはどんな物でしたか?」
「有りふれた物でしたよ。何処にでもあるようなお話です」
「今に過去は無いのですか?」
「もう、置いてきてしまいましたから」
仮面の男は笑っているようだった。
グラスを置くと、そこに水を注ぎ一本の花を挿した。
「この花は?」
「哀しい花ですよ。シチダンカと言います」
俯く花びらを見て、僕も同じように感じた。
しっとりとした面影は彼に似ている、と心の中で呟いた。