1.月のなかった夜の話
夜空にぽっかり 真っ黒い大きな染みのできた夜
とある珊瑚の小島から 一艘の船が滑り出た
ヤシの木を組み合わせた数人乗りの小さなカヌーが
ココナツの葉で作られた粗末な帆に風を当て走り行く
その島はどんな海図にも載っていない
誰にも気付かれることなく うたた寝と微睡みとを繰り返してきた
人の匂いのするものはとっくに絶えて 夜になると影だけが動き出す
伝承にてのみうたわれ知られている そんな名前のない島
クジラの息吹も 海鳥たちの話し声も聞こえてこない静かな夜
波は 温かな時の流れのせいで全てを忘れてしまっていた
しまいには何もかもなくしてしまいそうな ゆらゆらと揺れた夜
船は何処へ行くともなく 真っ直ぐに月の痕を目指している
波を割いていた舳先が 空を掻き分け始めた
追走するイルカたちは 名残惜しそうに船を見つめている
穏やかな潮風が追い風へと向きを変え
櫂を操っていた影たちの口元に 笑みが薄ぼんやりと漂った
暫くすると 海は何事もなかったかのように元へ戻った
ただ、月のなかった夜の話