3.月とコーラの話
どんな月夜だったのかはもうどんな文献を読んでも伝えられていない
とある所に大烏の鳴き声で夜を迎える製鉄の町があった
のっぽの煙突からは絶えず黒煙が噴き出し雲とともに西の方へ流れていく
大人たちは烏がいかれたラッパのような声で一番星の訪れたことを教えられると
「じゃあ、また明日」と告げ合いながら黄土色の夕闇の中を家路へ就く
子どもたちは父親の煤に汚れた背中を見付けると遊ぶのを止め追い掛けていった
何ヶ月 何年 いや何世紀 どれだけ続いているのかも分からない日々
町は淡々と砂時計をひっくり返し続けていた
一軒の家の窓辺にコーラの瓶が置かれていた
月光を受け不思議な緑色の光を辺りに頓着せずまき散らしている
無論町の人は誰も気付かなかった ただ会話が交わされていた
「君はあれを飲んだことはあるかい?」
「無いね。ただ中身が真っ黒だと言うことは知っている」
「君のその羽と同じなわけだね」
烏は少し決まり悪そうに自分の羽を見た
昔はもっと違う色をしていたと思うのだが 思い出せない
「ところであれは面白いね。僕の出せない光を作ってる」
「君にはあの色は出せないのかい?」
「うん。どう頑張ってもあれは無理だ。ただ、仕組みを知ればどうにかなるかも知れない」
「じゃあ調べてみたらどうだい。あんな色を出せれば君も他の人も楽しいだろう」
「寄り道をしても大丈夫かな。誰かに見られたりはしないだろうか」
「大丈夫だろう。行ってみてごらんよ」
まん丸い月がコロコロ転がってきて 瓶の中へすっぽり収まり抜けなくなってしまった
月は驚いてどうにかこうにか抜けようとしたが自力では動けなかった
小声で助けを呼んでみても 烏はどうしたことか何も返してこない
パニックを起こしたままぐるぐる目を回して気を失ってしまった
明くる朝は大騒ぎになり多くの人間が月を見物しに来た
ただ誰かが蓋をしてしまったせいで肌を直に見ることは出来なかったらしい
月は情けないやら気恥ずかしいやらで
ようやく抜け出た次の日には顔を出さなかった
その次の日も またその次の日も
どうしたことか 烏も同じようにして姿を消していた
数日 数ヶ月 数年時を経るごとに 製鉄所から出る黒煙は勢いを失っていく
吐き出さなくなる煙突の数も次第に増えていった 砂時計のリズムが狂ったせいだった
これではいけないと言うので何度か大人たちによる話し合いが持たれ
月は西の西の世界の淵の方に住んでいると言われていたので
何人かが代表として迎えに行くことになった
しんとしている町に月夜が戻ってきたのはそれから暫くしてのことだった
けれども烏は帰ってこなかった
町の人間はそのことを訝ったが いつしか忘れてしまった
烏の鳴き声は鐘楼の音に取って代わり 少し羽をくすませた鳩が空を飛び交うようになった
その夜は祭りがあり地上は赤々と燃えていた
二三本の光の帯も月に向かって真っ直ぐ向けられている
月は西の方を向いたまま手近な星の角を削って丸くする作業に没頭していた
煙突のようなのっぽの木々の揺りかごで 戻ってくれるように懇願されてからずっと
昔ほどには下に興味を示さなかった 話し相手は居なくなっていた
「緑色の光をあいつは手に入れられたんだろうか」
蛍のように淡く光る削りかすをコーラの瓶に落としてから溜息をつく
責めるつもりはないが どうしてあの時見捨てたのかは尋ねたいと思っている
しかしその機会はついぞ訪れそうになかった
北の山脈から冷たい風がすっと通ってきて すすきの穂が一斉に波打った
月も一つくしゃみをしてから つまらなそうに重い腰をあげた
振る舞い酒にでもうかれたのか 何処かでガァと鳴くのが聞こえたので 幾つかの星は驚いてそちらの方を向いた