8.月の夜の問答

 ある夜 月が戯れに砂漠の民の男児に話し掛けた
「私は何に見える?」
 5、6歳ほどの小さな背丈が真上に伸び「ロバの蹄の痕」と答えた
 その子はロバの群れを水飲みに連れてきていて コンコンと湧き出る泉に揺らいで映る姿はまさにそのようだった
 ロバはやり取りに頓着せず口を突っ込み 如何にもうまそうな澄み切った冷水を吸い上げている
「蹄の痕は何を作る?」
 更に月が問うた
「強い蹄は道を。弱い蹄は何も残さない」
 更に子が答えた
「お前の蹄は強いか?」
 真っ白い服とターバン越しに覗く黒真珠の目がちらと揺れてから真っ直ぐに据え直された
 水面の月はまだふらふらと揺れ続けていた
「蹄の痕から泉は湧くか?」
「貫き通せば」
「月が生まれることはあるか?」
「あなたが許すなら」
 月ににょっきり口ができ 愉快そうに唇を歪めた
「星が生まれることはあるか?」
「それも、あなたが許すなら」
「私は王か何かか?」
「なりたいと思うなら、いつでも、誰でも」
 そこでようやく月は笑い声をあげた
「それでお前は王になるのか?」
 何のことかと問う前に 不意に首筋を冷たいものに撫でられふっと意識が飛んだ

 次に起きたときには月の姿はなく 東の空からは今日も燃え立つ太陽が上がろうとしていた
 周りを囲むようにしたロバたちが鼻先を舐め軽く匂いを嗅いでいた
 あれは何だったのかと不思議に思いながら両親や兄弟の待つ下へと帰っていく
 背中を向けられた太陽が コバンザメの様にくっついている星を見付けてあははと笑った

 ただ、夢のように過ぎた月夜の物語

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