「彼女を、哀しませたくは無い。
でも彼女のためにならないのなら、僕は怒られても仕方ないよ」
「そうですか」
七月猫は、紅い瞳を軽く瞬いた。
智は、哀しそうな目をして僕を見ていた。
「最後に、話をしてあげて下さい」
最初のバルコニーに、僕は立っていた。
動く素振りを見せない六月猫を胸に抱き上げ、彼女は僕に一歩一歩近付いてきた。
「……馬鹿よ」
「御免」
「私、何て言えばいいのよ」
「言いたいように言ってくれればいいよ」
「馬鹿」
近付いていることは、知っていた。白蛇だろうか、遠くで大きな地響きがしている。
時計の針は既に小刻みに動き始めていた。もう一押しすれば、再び動き出す。
「でも、いなくなる訳じゃないから」
針に手を掛ける。それに、彼女の手が覆い被さってきた。
「嘘よ、そんなの」
「本当だって」
僕の微笑みを見て、今にも泣きそうな彼女の顔にも微かに笑みが浮かんだ。
「……信じる」
時計の針が動き出すのが聞こえた。
彼女のしゃくり上げる声も聞こえた。
そして、全てすぐに聞こえなくなった。
終幕へ