どんな梯子を使えば良いのだろうというくらい高い書架に左右を囲まれた袋小路の奥で、僕は12時間振りに書籍の山に埋めていた体を起こした。
行き先表示が掠れて読み取れない古ぼけたバスに乗り、一昼夜走りとおした挙句に降ろされた霧の晴れない村の、入り口しか分からない図書館を訪れてから、既に二週間が過ぎようとしている。ページを繰る音以外には何の音も立たず、腕時計の針を見ることが無かったら時間が動くという当たり前の法則さえ忘れてしまっていただろうほどに館内はしんとした静けさを保っていた。
起き上がったのは、強い空腹を感じたからだった。僕はエントランスへ戻ると、司書の老人に食べ物を買ってくるが何か必要なものはあるかと尋ねた。
「食事はもう済ませている。気を使う必要は無い」
幾度目かの、全く同じ返答が戻ってきた。僕は愛想のない彼のためにため息をつき、外へ出ると、村に一軒しかない品揃えの薄い商店へ足を運んだ。常に霧に覆われている土地で、途中にみかける村人たちは何かを耕作しているようだったが、僕には何を育てているのかは分からなかった。
「あら、まだあの図書館で勉強してたの」
店の小母さんは人懐っこい笑みを浮かべながら出迎えた。
「大変ね学生さんは。勉強するのに一生懸命で」
「いえ、好きで調べていることですから」
僕はクリームパンを手に取りながら、外の、磨りガラス越しに見える乳白色の世界に目をやった。
「この霧が晴れることって、あるんですか?」
「無いわね。でもここだけじゃないでしょう、私が生まれる少し前くらいから、何処もかしこも、ちょっとずつおかしくなってしまっているんだし、慣れているから、どうとも思わないわよね」
当たり前とも思える話だった。でも、それ良しとは思わない人間もいて、だから、夜空が何に苦しめられることもない安住の地として流布されるようになったのかも知れない。
「でもこの村も人が少なくなってきているから、そのうち、皆移住して居なくなってしまうかもね」
「哀しいことですね」
「やっぱり当たり前に考えたら、そうなのかしら」
「違うんですか?」
「いえね、私は頭も良くないし外の世界を沢山知っているわけでもないけれど、運命を受け入れて生きていくことが一番正しい生き方じゃないかなと思うから。拒んだから、今みたいな世界があるのかなと考えると、そう感じちゃうのよね」
「運命ですか」
「違ってるかしら」
「いえ、正しいのかも知れません」僕は、先の見えない世界に目を向け続けながら、短く言葉を切った。
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